河豚計画の核心は、ヨーロッパ諸国で迫害を受けるのみならず、特にナチス政権下のドイツにおいて1935年にニュルンベルク法が制定されたことによって、ドイツ国内における市民権を否定され公職から追放されるなど深刻な状況下におかれた数千から数万のユダヤ人に満州国(あるいは上海)への移住を勧め、ユダヤ人の経済力の恩恵を享受するのみならず、日本への資本投下を実現するようアメリカ(殊にユダヤ系アメリカ人)を説得することにあった。
計画者らは、ユダヤ人の移住及び投資獲得の方法に関する詳細な計画、というより豊富な選択肢を提示した。「在支有力ユダヤ人の利用により米大統領およびその側近の極東政策を帝国に有利に転換させる具体的方策について」という長い表題の付いた計画書がそれである。1939年6月に編まれたこの計画書は、同年7月に「ユダヤ資本導入に関する研究と分析」と改題した上で政府に提出され、承認を受けた。
計画書では、日本とは比較的友好的な関係にある世界のユダヤ社会と、満州国建国などで当時日本との外交的対立が先鋭化してきていたアメリカの双方の歓心を買う方法が提示された。即ち、アメリカへの代表団を派遣すること、ユダヤ教と神道との類似点をアメリカのラビに紹介するために、またユダヤ人とユダヤ教を日本人に紹介するために、ラビを日本に招聘することなどである。同時にこの計画は、アメリカの新聞や映画業界(ユダヤ人に支配されていると計画者らは信じていた)を抱き込むことをも提案していた。
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しかし、記述の大半は移住計画に割かれた。上海近郊の諸地域や、満州の多くの箇所が候補として示された。計画は、移民の人口が1万8千人から60万人に及ぶと見積もった。それぞれの想定人口規模に合わせた、学校、病院などのインフラの整備、居留地の面積に関する詳細も示された。これらの居留地においてユダヤ人は、文化・教育面での自治に加え、完全な信教の自由を与えられることが、計画者らの間で合意された。
日本人はユダヤ人に過度の自由を与えることを警戒していたが、ある程度の自由は彼らの好意と経済的恩恵を維持するのに必要であろうと考えた。彼らは、「居留地は一見自治国のように見えるが、ユダヤ人を密かに監視下に置くために統制が必要である」と主張したこの計画を、承認するよう要請した。彼らは、ユダヤ人が(『シオン賢者の議定書(後述)』によれば諸外国で行ったように)支配権を掌握して、日本の政治経済の主流への道を進むのではないかと懸念したのである。
だが、計画は結局、居留地への投資と移民の送致を世界のユダヤ社会に任せた。